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「降りてゆく生き方」について

ほんとうの「生き方」を求めて

〜私たちはなぜ映画「降りてゆく生き方」を、つくらなければならなかったのか〜

私たちは、映画「降りてゆく生き方」をつくるために、200名もの方々にインタビューを行い、300冊以上の本を読破しました。この不安と絶望だらけの現代を、どうやって生きていったらよいのか。そのヒントでいいから提示したい、という想いが、膨大なリサーチへと我々を誘ったのでした。

では、私たちは、どのような世界観をもつに至ったのか?
その全体像をここでご紹介したいと思います。
参考書籍

インタビュー映像



私たち日本人は、第二次大戦後、物質的・経済的な豊かさこそが幸福への道と信じ、戦後の何も無い焼け野原から、国民一体となって必死に努力してきた。
そして日本は、世界でも有数の豊かで便利な国となった。
正に私たちは、かつての夢を実現したのである。

ところが、いま日本では、数々の問題が発生している。格差社会。勝ち組・負け組。少子高齢化。地域間格差。年金問題。多発する少年犯罪・凶悪犯罪。偽装問題。食品問題。年間3万人を超える自殺者。派遣切り・・・現代の日本を生きる私たちの不安は、もはや数限りない。
私たちは「豊かになる!」という夢を実現した。それは想像以上の形で実現したと言ってよい。しかし、現実には、幸福になるどころか、未来への夢と希望を喪失している日本人であふれかえっているのである。

しかも、2008年は、米国のサブプライム問題とリーマンブラザーズ破綻に端を発する世界金融恐慌が追い討ちをかける。グローバリズムの名の下に、膨張してきた金融資本主義がついに破綻したのだ。
その余波は日本をも直撃し、日本を代表する優良企業であるトヨタ自動車までが赤字になり、大不況へと陥ってしまっている。いつごろ景気回復をするのか、見通しは全く立たない。

このように、どこもかしこも問題だらけの現代社会において、多くの日本人が不安で、孤独で、希望を喪失していることは、むしろ当然なことかもしれない。
しかし、我々は、たとえこのような絶望的状況であっても、未来に向けて、希望を見出したい。或いは、我々自身が、希望の灯を点したい。
では、一体、どうやったら、「絶望社会」日本に希望の灯を点すことができるのだろうか?


第二次大戦後、日本人のみならず世界中の人々は、科学の進歩にこそ人類の明るい未来の希望があると考えていた。
そのハイライトは、世界中が熱狂した、米国のアポロ計画による月着陸であろう。 人類は、月にでも行くことができる。
人間の科学技術は、もはやどんな問題でも解決できると、当時の人々は考えたことであろう。

まさに「昇っていく時代」の象徴といえよう。
ところが、アポロ計画による月着陸からほどなくして、ローマクラブが「成長の限界」を発表し(1972年)、このまま地球の環境破壊が進めば環境悪化と資源の枯渇によって人類は成長の限界に達する、と論じたのであった。
人間の科学技術は、人間の輝かしい未来を保証するものではなく、環境破壊によって人類を滅亡へと誘うものになってしまっていたのである。
そして、環境問題は、金融問題とならび、世界人類にとって大きなテーマとなっているのである。

しかし、人類科学の頂点に立つアポロ計画により月に降り立った宇宙飛行士は、それまでの人類が目にしたことのないものと遭遇した。
それは、「宇宙から見た地球」であった。
人類はこのとき初めて、地球を外側から俯瞰することとなったのだ。

いわば人類は初めて、「神の視点」から、地球というもの、宇宙というもの、そして地球と宇宙のつながりを実感できるようになったのである。

それまでの私たち人間の視座は、「地べたにはいつくばった」視点であった。 しかし、その視点では、目の前の問題しか見えてこないし、問題の多岐多様さに目を奪われて混乱してしまう。
つまり、「全体」ではなく、「部分」しか人間には見えてこなかったのだ。
特に現代人は、「部分」を積み重ねて「全体」を理解しようという傾向が強い。

しかし、本当は、まずは「全体」というものを把握してから、部分について考えるべきではないのか。 そうでなければ、現代の日本と世界が抱える問題を根本から解決することなど到底かなわないように思えるのである。

そこで、「宇宙から地球を見る」という俯瞰の視点から、現代の日本と日本人が直面するあらゆる問題の本質にアプローチを試みることとしたい。

宇宙から地球を見てみると、地球には、大気、海洋、大陸、マントル、コア、プラズマ圏といった「物質圏」がいくつかの単位(ユニット)をなして存在していることが分かる。
つまり、各物質圏はばらばらに存在しているのではなく、「つながり」をもって一体化しており、「全体」として存在しているのだ。
すなわち、地球とは、それらのユニットが有機的につながったひとつの「システム」(系)なのである。

地球が「システム」(系)であるとは、「構成要素」「関係性」「駆動力」から成立するものである、ということを意味している。
その構成要素には、プラズマ圏、大気圏、海洋地殻、マントル、コア、大陸地殻という「物質圏」と「生物圏」、そして「人間圏」が存在するのだ。

人間がもつあらゆる問題を考えるにあたっては、この「人間圏」がどのようなものかを把握することが有益そうである。 では、「人間圏」はどういうものなのだろうか?

宇宙から地球を見ると、灯りが煌々と輝いていることが確認できる。
それは人間が灯りをつけて暮らしていることの証しである。 あの光の海こそが、生物圏とは異なる「人間圏」を示すものなのである。
人間から成立する「人間圏」は、他の生物から成立する「生物圏」とは、別個のユニットなのである。

では人間圏と生物圏はどのように違うのか? なぜ違うのか?

「生物圏」が地球システムに加わった時期、つまり「生命」が地球上に誕生した時期は、20億年ほど前だと考えられている。
そして人類の祖先である猿人が現われたのが700万年前、現生人類が現われたのが16万年前である 。


では、猿人や現生人類誕生時を「人間圏」が発生したときなのだろうか?

実はそうではない。

猿人や誕生したばかりの現生人類は、「狩猟採集」生活をしていた。これは、地球システム的に言えば、「生物圏」の中で、自然につくられている「食物連鎖」のなかで生きていたもの、ということになる。

つまり、人類が狩猟採集生活を送っていたころは、「地球システム」の他の構成要素に与える影響に関しては、人類と他の動物や植物と何ら変わるところはなかったのである。

つまり、たとえ知能が発達していようと、人間は「生物圏に属する種のひとつ」に過ぎなかったのである。

即ち、現生人類(ホモサピエンス)に進化した後も、「人間圏」に分化・発生するまでは、人間は他の「動植物と同列の存在」だったのである。

かつて人間は、他の生物(熊、ジャガー、狼、サケ、森の木々など)と人間は、対称的・同列的な存在であり、あるいはかえって、敬い、畏怖していた。そういう「神話的世界観」が発達にしたのは、人間が「生物圏」に属していた時期だったのである。

現代を生きる私たちはかつての神話や民話や昔話を読んでもピンと来ない。
それは、人間が生物圏に属してたという前提を理解せずに、現代人の感覚で当時の神話的世界観を論理的に理解しようとしているからなのだ。
つまり、現代とは、前提とする世界観がまったく違うのだ。 そのことを我々は銘記する必要があるであろう。

私たちが「神話」の世界をフィーリングとして理解できなくなったのは、生物圏から分化して人間圏を生み出したときに遡る。それは、動物たちとの対称的・同列的な世界から離脱した瞬間であった。

では、いつから人間は、生物圏から分化して「人間圏」を構成したのだろうか?
それは、狩猟採集から「農耕牧畜」に生活が変化した、約1万年前からである。
そのころ、地球が寒冷化して、狩猟採集による生活維持がままならなくなったため、人間は農耕牧畜を開始したのだった。

農耕牧畜は、狩猟採集と違い、地球の「物質やエネルギーの流れ」に影響を与える。

例えば、森を切り開いて畑をつくると、地表の反射率が変わり、太陽エネルギーが変化する。
また、森林に覆われている土壌は雨が降っても侵食されないが、畑に変わると土壌が侵食され流出する。
このように、農耕牧畜を始めることで、人間は、地球上のエネルギーや物質の流れに影響を与える存在となったのである。 即ち、人間の存在というものが、生物圏とは別個に、地球システムの新しい「構成要素」としてとりあげるに値するものに変化したのである。

従って、人間は、「農耕牧畜」を始めたときから、「地球システム」の構成要素として、「人間圏」を形成するに至ったのである。
人間が「文明」をつくったのは、「人間圏」をつくったときから、と考えるのが、地球システム的観点からは適切なのである。
とはいっても、農耕牧畜を開始してから暫くの間は、人間圏が地球システムに与える影響はそれほど大きくはなかった。
基本的には、地球システムが自然とつくりだす物質とエネルギーに流れに依存した「フロー依存型」の生活を送っていたからである。
近代以前は、いまのようなグローバルな人間圏は存在せず、ローカルな人間圏がちらばって存在するだけだったのである。
これが劇的に変化するのは、18世紀に始まった「産業革命」のときであった。
 



産業革命も、17世紀に世界を襲った寒冷期による食物の不作がきっかけと思われる。 地球が冷えるときに、人間圏は変化しているのである。

産業革命により、人間の生産量は飛躍的に伸び、人間圏史上初めて、余剰生産物が発生するに至った。

ここから、余剰生産物の流通が始まり、「貨幣経済」が本格化していくのである。 資本主義の萌芽である。

生産力が低いときは人間は貴重な資産であったので、自由な移動は許されなかった。
しかし、余剰生産物流通に伴い、それまで王や領主に土地に縛られていた人々が、自由に動けるようにもなっていった。
ここから居住移転の自由や経済的自由といった人権の理念が発生するのである。

このように、産業革命は、地球上の物質(人間を含む)やエネルギーの移動を大きく変化させ、近代や現代に向けての社会変化の基礎を構築したのである。

人間は、産業革命によって、石炭・石油といった、地球システムの各要素に影響を与える「駆動力」を人間圏内に持つに至り、人間圏が地球システムに対して与える影響力は飛躍的に大きくなったのである。
産業革命は、人間と地球との関係を一変させたのだ。

産業革命は、貨幣経済を発展させるきっかけとなった。
それまで手段に過ぎなかった貨幣が、物質の流通をきっかけとして、がぜん存在感を増したのである。

産業革命前は、そもそも食物等製品や商品の絶対量が少なく、「モノ」にこそ価値があった。 しかし、余剰生産物ができることによって、それを売りさばくという商行為が発達した。
また、産業革命により、モノの保存や保管の技術が発展したことも大きい。
そこで、人間は、作ったモノを全て費消するのではなく、保存して売りさばいてカネに買える、という新しいシステムをつくり始めたのである。

こうして「貨幣」というものの価値がぐんとあがることとなったのである。
そして、ついには、多くの人間は、「カネがあれば何でも買える」と考えるに至ったのである。
つまり、貨幣の絶対性というものが、人類の「共同幻想」となったのである。

このとき、「マネー」は「手段」から「目的」へと変化したのであった。
そして、資本主義がそのときから、目覚しい発展を遂げるのである。

産業革命に始まる科学技術の発展は、それまで生きることが精一杯だった人間が、それまで抑圧してきた「欲望」を解放するものとなった。
生存欲求を充たした人間の「欲望」は、「所有欲」「消費欲」へと向かっていったのだった。
人間の「欲望の解放」をさらに促したのが、「貨幣制度」だったのだ。 「カネで何でも買える」という「共同幻想」が人間圏を席巻することで、資本主義発展の基礎はできあがったのだった。

人間の「限りなく肥大化する欲望」を基礎として「生産」と「消費」を繰り返すことで「超過利潤」を生むことを目的とする制度が、「資本主義」なのである。
即ち、「マネーは万能である。何でも買える。幸せも買える」という「共同幻想」が人間たちの間で共有されたことにより、「マネーが自己増殖する」資本主義というシステムが巨大化し始めるのである。

マネーというものは、同価値の物より価値があるように思えるという特色がある。
なぜならば、たとえば100万円の自動車というのは自動車以外になりえないが、100万円というお金は、自動車にも旅行にも貴金属にも授業料にもなることができるという「潜在的可能性」を秘めているために、より価値があるような印象を人間はもつのである。
それゆえに、人間はマネーを貯め込むこととなり、それによって安心感と未来への期待感をもつのである。

以上のように、産業革命に、現代の人間社会を支配してきた「右肩上がりの経済成長神話」が生まれる萌芽があったのだ。 産業革命以降、人間の「欲望」は限りなく大きくなり、それとともに「マネー」も巨大化し、ついには人間を支配し始めるのである 。

一方で、科学や技術の発展は、人間の人口増加を招く。
日本では、江戸時代に3000万人だった人口が、いまはその4倍以上である。
人口が増えるということは、人間圏という構成要素が地球システム全体に与える影響が大きくなるということを意味する。

時代は、近代へと入り、新しいユニットが生まれた。
それが「国家」である。
「国民国家」が成立するに至ったのだ。

人間圏は、それ自体も実は「システム」である。
近代以降は、「国民国家」(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本など)こそが、人間圏内部の構成要素であるサブ・ユニットであり、サブ・システムなのである。

それは、人間の身体の構造に類似している。人間の肉体・骨・脳・内臓といったものは、「人間という生命システム」を構成する「サブ・ユニット」「サブ・システム」なのである。
近代の主役である「国民国家」は、いわば「領土」や「国民」を「所有」する存在である。
近代以前は、「所有」という概念は確立されていなかった。近代に至って「所有」という概念が成立したのである。 国民国家の台頭により、「領土は国家が所有するもの」となった。
これが「地球は人類が所有するもの」という現代の人間の考え方の出発点といってよい。

近代の国民国家の存在が、人間の「所有欲」というものを促進したといえるのである。
近代以降は、国民国家が経済をリードするようになった。
日本では、明治以降、エリートである官僚が国家の経済をリードするようになり、それは戦後も続き、護送船団方式と呼ばれるようになる。
日本は、第二次大戦で敗北した。しかしその反動か、経済的・物質的豊かさこそが幸福であると国民のだれもが信じ、必死になって、「右肩上がりの経済成長神話」を共有し、一体となって働いたのである。
つまり日本国民は「右肩上がりの経済成長と物質的豊かさこそが幸福である」という共同幻想を抱き、それに向けて必死の努力をして、瞬く間に世界第二位の経済大国となったのである。

モノをどんどんつくり、豊かになれば必ず幸せになるはずだ。日本人の多くがそう信じていた。
ひたすらにモノをつくろう。豊かになろう。消費をしよう。そういう「欲望」というものを基礎として、日本人は「右肩上がりの経済成長神話」を信仰するに至ったのである。
経済成長していれば、必ず幸せになると、だれもが信じていたのだ。
そして、その経済成長は、永遠に継続すると信じていたのだ。
いや正確にいうならば、経済成長が永遠に継続すると「信じたかった」というべきかもしれない。

戦後は、戦前の大家族主義から、消費を前提とした「都市型」の「核家族」が圧倒的に増えて、家族は、「生産共同体」から「消費共同体」へと変化した。

戦後の新憲法は、「福祉国家」を謳い、国民の生活は国家がきちんと面倒をみるものと国民は思うようになり、「いざとなれば国や行政がなんとかしてくれる」という神話ないし幻想を抱くようになった。

戦後、日本は官僚主導の護送船団方式によって、右肩上がりの経済成長を実現させ、国民は物質的に豊かになっていった。 「日本」という国民国家は、「右肩上がり信仰」を国民が共有し、閉鎖した「安定的なシステム」として機能していたのである。

しかし、官僚主導の護送船団方式は、バブル崩壊によってもろくもくずれさった。

これは、近代における日本の国民国家が終わりをつげる序曲となったのであった。
バブル崩壊を契機として、「安定的なシステム」であった日本というものが終わりをつげたのである。

橋本内閣において、金融ビッグバンが開始し、金融を国家統制から国際金融市場へと委ねる流れが決定的となった。
これによって、日本人は、グローバル経済へと巻き込まれることとなり、安定性を喪失し始めるのである。

そして、その流れは、小泉政権で決定的なものとなった。 金融のグローバリゼーションとは、それまで人間圏のなかでそれぞれがローカルに独立・自立していた国民国家単位のユニットが、グローバル金融市場というものを世界各国の共通インフラ・基盤として、各国が経済を行うことを意味する。

これは、国家と資本が離婚をしたようなものであり、国民国家がマネーというものに関して、国民に対するウチとソトとの境界たることを放棄したということを意味する。国民国家の「共同体」としての意義は、経済のグローバリゼーションによって大きく変化したのである。

地球システム的にみると、「人間圏」の構成要素であった「国民国家」というサブシステムが変化し、各国民国家がもっていた「金融市場」という「構成要素」が分化して、国民国家とは別個に、「グローバル金融市場」という新しい構成要素が成立したことを意味するものといえるのである。

「グローバル金融市場」とは、カネで何でも買えるという共同幻想を通じて巨大化した「グローバルマネー」そのものだと言ってよいだろう。

つまり、金融グローバリゼーションは、人間圏というシステムの内部の重要な構成要素として、「グローバルマネー」を生み出した分化プロセスだったのである。

人間圏の内部で見ると、いまや「グローバルマネー」は、アメリカ、日本、イギリス、中国といった「国民国家」という構成要素の上に位置し、或いは、包含する形で存在しており、どの国民国家もグローバルマネーに依存しながら(前提条件としながら)、動かざるを得ない状況なのである。
グローバル金融市場が調子がよければ各国の経済は調子が良く、その調子が悪ければ各国の経済の調子は悪くなる。

世界は、いいときもわるいときも、「つながって」しまったのである。

つまり、日本を含む各国は、経済をグローバル化した時点から、「自国一国ではコントロールできない巨大な力」に経済を委ねてしまったのである。
日本は、経済のグローバル化を選択した時点で、経済というものを自国のコントロールから外してしまったのである。

カネというものは、もともとは、モノとモノの交換を促す「手段」であった。
しかし、カネには、「どんなものにでも変化できる」という「潜在力」があり、且つ、「保存がいくらでもきく」という性質もあって、人間にとっては生きていくことの目的になってしまうほどの「魅力」いや「魔力」をもっている。
人間は、いまや、世界的に、マネーのもつこの魔力に屈したといってよい。 そして、「カネで何でも買える」という人類の共同幻想が、幻想を超えて、いま正に制度として確立したのである。

マネーはいまや、各国民国家に上位し、それを包含するもの、人間圏の根本原理たる地位を獲得したといえる。
もっといえば、マネーが人間圏を「支配」している、ということである。
つまり、マネーとは人間にとっては「神」といってもよいようなポジションを獲得したのである。
それが、経済のグローバリゼーションの本質であることを十分理解する必要がある。


米ドル紙幣には、「IN GOD WE TRUST」と記載されている。 もしかすると、マネーが人間を支配することは、予期されていることだったのかもしれない。




バブル崩壊をきっかけとする経済のグローバリゼーションによって、多くの企業や公共団体等が崩壊をはじめ、企業をはじめとする日本国内の「中間共同体」が崩壊を始めた。
それまで日本的な組織やムラ社会にいた個人たちが、個人として世間の荒波に直接放り込まれるようになった。 つまり、個人が全てのリスクを背負わされる社会が到来したのである。
ここから「格差社会」が始まるのである。

格差社会が始まったということは、それまでの日本社会におけるルールである「学歴主義」「終身雇用」といったものが崩壊を始めることであった。 役に立たない人間はリストラされ、大学を出ても就職ができないような状況となった。
派遣業法も改正され、企業は自由に派遣会社から人を雇い、不要になればいつでも切ることができるようになった。 人間は、ついに、企業の部品、モノといっていいところまで、堕ちたのである。

だれも頼りにならない、だれも助けてくれない。孤独で孤立した人間が増加した。
うつ病などの精神的病も増加し、自殺者も増えた。 また、IT化も、個人の孤立や孤独を促進したものといえる。なぜならば、ITは、情報のやりとりをするツールに過ぎず、本来の共同体のもっていた肉体的・感覚的一体感というものを創出することはできないからである。
経済破綻による中間共同体の崩壊と、ITによるフラット化が相乗効果となって、日本人の個人の孤立化と不安化を促進したといえるのである。
そして、2008年の金融資本主義の崩壊による世界恐慌によるリストラ、派遣切りの嵐は、日本人の不安と孤立化をさらに深めるものとなったのである。かかる状況において、日本人の多くは、国や行政がなんとかすべきだ、と考えている。 しかし、日本政府が経済の統制を放棄し、グローバリゼーションへと舵をとった時点で、日本は国民国家の権能を放棄したのであるから、日本人は直接「世界」と向き合うほかないのである。
それにもかかわらず、日本人は「国や行政が何とかしてくれる神話・幻想」から逃れられずにいるのである。 というよりも、国や行政しか、すがるものを思いつかないということなのかもしれない。

国や行政に対する神話や幻想の消滅という事実を直視することは、個人にとってはあまりに辛いことなのかもしれない。
日本人が、戦後いままでとってきた「生き方」「考え方」からすると、私たち個人を支えてくれるものは存在しない、というのが現実なのである。私たちは、戦後の経済至上主義、右肩上がり神話の中で、「お金」に全ての関心を奪われ、「いのち」というものの大切さをすっかり見失ってしまったのかもしれない。以上のとおり、日本人は、ミクロの視点において重大な危機に立たされている。
それのみならず、マクロの視点からも、危機に立たされている。地球システムにおいて人間圏が膨張する中、地球温暖化問題や環境汚染の問題や食糧問題が発生しているのである。中国など新興国の工業化によって、食糧が今後確実に不足してくると言われている。

2020年には、食糧不足と水不足が大きな問題になると言われているのである。
食糧と水は、人間が生きて行く基礎をなす。これがなくては、生きていけないのである。
2020年には、「生き甲斐が欲しい」「充実感が欲しい」などと悠長なことは言っていられなくなるだろう。
その後、食糧不足と水不足の問題はさらに進み、カネがあっても食糧や水が買えないという事態が発生する。 もしそうなってしまうならば、「カネで何でも買える」というマネーに対する共同幻想が崩壊し、貨幣制度が崩壊し、ついには資本主義が崩壊する可能性が高いのである。

国民国家の上位にあった「グローバルマネー」という構成要素が、音を立てて消えていくのである。
そのとき人々は、マネーというものは実態がなく、共同幻想に過ぎなかったことに気づくであろう。
そして、そのときやってくるのは、「人間圏の消滅」という人間の生存に直結する危機なのである。
そうやって、2050年ころには地球環境は最大の危機を迎え、宇宙学者や環境学者たちによれば、遅くとも今世紀中には人間圏は消滅するとされているのである。このように、地球システム的に日本人が置かれている立場をみると、将来に対して不安をもち、希望がないのはむしろ自然なことといえるのである。

では、もう未来には希望はないのだろうか?。

これまで日本人は、「物質的に豊かになれば幸福になる」「多くもつものが幸福である」という、カネやモノをより多く得ることを欲求の対象として生きてきた。
これは、「足していく」ことに価値を見出す、「足し算の生き方」といえよう。
しかし、物質的な豊かさの追求によって幸福を得るのが難しいのが明らかな現代社会においては、多く持ちすぎることによって、何が大切かわからなくなっているといえよう。
即ち、何を得るかではなく、「何を手放すか、捨てるか」ということこそが、いまは大事なのである。 つまり、いらないもの、無駄なものをどんどんと「引いていき」、本当に大事なものを見すえるという「引き算の生き方」こそが、何が大切か分からなくなっている現代の日本人にとって大事なのである。
豊かさを目指して国民一体となって「昇っていく」時代においては、たくさん得ることがしあわせのように思えた。 しかし、いま我々は、経済成長がピークを迎え、下り坂の時代を生きているのだ。

もう昇っていこうにも、昇るところはない。

私たちが夢見ていた世界は、本当に夢であり、幻想に過ぎなかったのだ。
私たち日本人にとっては、右肩上がりに駆け上っていく時代は終わった。もう経済成長は望むことはできないのだ。
この現実をしっかりととらえて、自然や環境に即応していくという新しい「生き方」「考え方」をもたねばらなないという事実をしっかり認識することが大切なのだ。

人間文明終焉の危機、すなわち人間圏が消滅の危機に瀕しているのは、石油や石炭といった地球システムに重大な影響を与える資源に依存する「ストック依存型」の生き方をするようになったからである。
従って、私たちが人間圏消滅の危機から脱するには、私たちの「生き方」を、地球システムが自然につくりだす物質やエネルギーの循環に依存する「フロー依存型」の生き方にしていく必要がある。
これは、「人間圏」をもういちど「生物圏」に近づける生き方ともいえる。すなわち、人間を「特別の存在」と考えるのではなく、「自然の一部」であり、他の生物と対等である「対称性」ある存在として、「天地自然の理」に則って生活する道を選ぶのである。

それをまさに実現していたのが、我々の祖先である「縄文人」なのである。

縄文人は、天地自然の理に基づいて、宇宙や自然や生物との一体感の中、自然の恵みに感謝し、祈り、腕力や能力の差異はあれど、相互に尊重しあい、助け合いの協力関係の中で生きていた。
その生活は、生命感にあふれたものだったであろう。 彼らのそのような生き方こそがまさに縄文土器に象徴されているのである。
縄文人は、地球システムがつくりだす物質やエネルギーの循環に依拠し、狩猟採集し、栽培や養殖をして、つつましく生きていたのである。

しかも、縄文人は、一万年の長きにわたり、戦争を行わなかった。一体となって平和に暮らしていたのである。 縄文人は家族団らんを始めた人たちでもあった。家族愛に満ちていたのである。幼く死んだわが子を足型として残し肌身離さずもちあるいた。
まさに愛に満ちた生き方である。

「縄文人など、しょせん文明的でない野蛮人だよ」
と思う人もいるかもしれない。

しかし、彼らを現代人より劣っているといえるか?
現代人のどこが縄文人に勝っているのか?

縄文人たちの生き方こそが、希望を喪失して苦しむ我々現代人に対して、立ち戻るべき人間圏の原点を示唆しているのである。

縄文人たちは、動物と人間を同列の存在と考えていた。
つまり、自分たちは、「生物圏」に属するものであるという認識が明確であったのである。
だから、熊も、サケも、山羊も、兄弟だったのである。

それは、「地球システム」という観点からすると、極めて正しい認識だったといってよい。
地球システムとの関係では、動物たちも人間も、その存在価値において差異はなかったのであるから。

縄文人とつながりがある、アイヌや沖縄の人々、先住民などの神話の世界からは、現代人は大いに学ぶところがある。
それらに、現代人が立ち戻るべき生き方があるからである。

また、縄文人たちは、生きることと死ぬことを一体のものとして捉えていた。
自分たちの生きているこの世界は、この宇宙は、一体どういうものなのか。自分はどこから来て、死んでどこに行くのか。 そういうことを自然と一体の生活の中から、神話として紡ぎだし、コスモロジー(世界観)として有していた。
自分が死んだ後の行く末も、世界観の中に織り込んで生きていた縄文時代の人々は、たとえ生きて行く上で生命の危険が多かったとしても、現代人ほどは不安でなかったのではないだろうか。
現代人も、生きることばかりでなく、死ぬということの意味も、縄文人に倣って考える必要性があるのではるまいか。

死ぬということ、死んだ後のことまでイメージしてこそ、生きるということの意味もわかってくるのではないだろうか?
縄文人は森の中で暮らしていた。森のもたらす豊かな恵の中で生きていたのである。
そして、豊かな森は、人間や生物が生きていく上で不可欠な水を涵養する力がある。
縄文人などかつての人間は、森には神の力が宿っていると畏敬の念を抱いていた。
それによって、森は開発から免れ、生命を育む力を持ち続けたのである。だから日本人は、長らく森を大切にしていたのである。
神社の「鎮守の森」も、そういう縄文人以来の知恵を具現化したものといえよう。

日本人は後に狩猟採集から農耕生活へと移行する。しかし、畑作牧畜ではなく、農耕漁撈へと移っていく。農耕漁撈は、畑作牧畜と比して、自然に負担をかけない、地球システムに影響が少ない生活である。
一方で、欧米的な、畑作牧畜は、森を破壊する文明である。
縄文以来の名残を残し、森を守り、自然との一体感のある農耕漁撈生活こそ、日本人が立ち戻るべき生き方なのである。
日本人の天地自然の理に則った自然と一体化した農耕の典型例が、「棚田」である。 棚田は、自然と人間の知恵が融合した美しい情景である。
棚田は、森の豊かで滋養あふれた水を使って、美味くていのちにあふれた米をつくりだす。
日本の豊かな自然と森と水は、稲の力を引き出し、肥料や農薬など使わずとも、美味しい米をつくりだしたのである。

ところが、戦後、コメを効率よく大量につくろうと考え、化学肥料と農薬が使われるようになった。
それは、人間の健康にはもちろん、土壌にも深刻な影響を与え、害虫が出やすい環境をつくってしまったのである。
本来、コメや野菜は、肥料など使わずとも十分に生育するものであり、天地自然の理に則った育て方こそが、もっともその力を引き出し、しかも美味しくなるのである。
そういう、本来の栽培方法に戻るべき時期にあるのではないだろうか。また、戦後、日本の森は、経済目的で植えられた杉やヒノキの人工林ばかりになってしまった。
しかも、安い輸入材が市場を席巻したため、日本の人工林の木材は商売にならず、杉やヒノキの人工林は荒れたまま放置されている。
その結果、森や荒れて、涵養力は落ち、このままでは水源が枯渇する危険性があるのである。 従って、人工林を間伐するとともに、落葉広葉樹を植林して森の涵養力をアップさせるよう、奥山を再生することが急務なのである。このように、奥山や、棚田をはじめとする里山を、再生していく必要が、私たち現代の日本人の急務なのである。

森をつくることは、人間と自然の一体性を体感させ、取り戻させてくれる。
学校教育においても、地域づくりにおいても、森をつくることは非常に役に立つ。 森
をつくることが、すべての問題の出発点であるといってもいいのである。

そして、「生きて行く喜び」を「生き物として」「肉体で」感じるような生き方をすることが大切である。
そのために、「自然」や「動物」や「人間」と一体化するための「祭り」というものの意義をもう一度縄文人や先住民たちに学び、そのスピリットを再現した現代の「祭り」を創り上げるべきである。
自他が一体となる「場」を創造することが大切なのである。

自他が一体となるにあたって大事なことは何か。
それは、「新しい出会い」と「対話」である。

自分が感じたことを素直に語ることが、他者の情動を引き起こし、新しいイメージを生み出す。
そのイメージが、さらに他者のイメージを引き出す。
そうやってつながり大きくなったイメージは、自然と、自他の境をなくし、一体感を醸し出す。

つまり、それぞれが、自分を語り、耳を傾け、他者の語りの中に自分とのつながりを自然と感じていく「場」をつくっていくことが大事なのである。そうすることで、人々はつながり、新しい「コミュニティ」が生まれる。

人々がいきいきとしている豊かな場は、まるで、たくさんの微生物たちがお互いにつながり関わりあって発酵し、エネルギーと新しい酒を生み出している酒蔵のようである。
そこは実に生命力にあふれ、楽しさと喜びに満ちている場なのだ。

発酵しているいきいきとした人々の場においては、第一の関心事はこれまでのように「お金」ではなく、「生命の躍動感」になっていくことだろう。
いのちがよろこび、心がわくわくするようなこと。そういうことで、つながりあうコミュニティ。
そんな新しいコミュニティをつくっていくことにこそ、私たちの未来への希望というものが見出せるように思うのである。

これまで日本では、東京に全てが一極集中し、地方・ローカルは、その分配や受け皿となってきたのが実情であった。
東京で行われ、流行したことが、全国の地方に広がっていくという構図だったのである。
それは、「欲望」と「お金」が流通する構図だったといってもよい。
しかし、この東京を中心とする全国一律主義は、人間を「マーケット」「数字」「お金」に置き換えてしまうものであり、人と人とのつながりというものは重視されず、むしろ断たれてきたといえよう。これからの出発点は、「お金」ではなく、「人間」「自然」そして「いのち」でなくてはならない。
それこそが、我々現代人が縄文人に学ぶべき最大のものであろう。

これからの時代、深刻な世界恐慌となり、景気の回復も見込めないであろう。
だからといって、落ち込む必要があるだろうか。
しかし、マネーという共同幻想から離脱し、人間として自立した生き方を歩み始めれば、怖いものなどない。
お金を「目的」ではなく、「手段」としてわが手に取り戻せばいいだけなのだ。

人間とその欲望がつくりだしてきた「マネー万能」の共同幻想と、マネーが極大化したグローバリズムの正体を見極めて、そこから脱し、私たちが生きてゆく上で本当に大事なものが何かに気付き、そして、昇ってゆく時代の終焉を迎えた現代日本人が、下っていく時代のための新しい生き方を発見してゆく。

そういう物語を描き出すために、私たちは映画「降りてゆく生き方」をつくりました。
この映画を見終わった後に、あなたの中で希望の灯がともったとしたら、私たちにとってそれ以上のしあわせはありません。


もう一度、地球の外に出てみる。そこには、青く輝くいのちの星が見える。
あれが私たちのふるさとだ。私たちはそこでしか生きていけない。
全てのいのちはつながっている。そのことをあなたも実感するだろう。
絶望なんかする必要はない。希望はあなたの中にあるのだから。



■お知らせ:映画「降りてゆく生き方」の上映希望者向けページを公開しました! →詳細と申込みはコチラ

 

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